3.2.フックの法則

フックの法則「力と伸びは比例する」という関係は、物体の変形を熱力学的見地からひも解くことで導き出せます。 そのためには前節でみた(3.1-8)式によって、自由エネルギーFをひずみテンソル\( \epsilon_{ij} \)の関数で表す必要があります。 そこで本節では、自由エネルギーFをひずみテンソル\( \epsilon_{ij} \)の関数で表すことを試みます。

前提として、ひずみは十分小さく、また物体は等方的であるとします。 また、ある温度化の物体は外力をうけない限り変形しないものとします (これは現時点において熱変形は考慮しない、ということを意味します)。

自由エネルギーFをべき級数展開します。 \[ F = F_o + c_1 \epsilon_{ij} + c_2 \epsilon_{ij}^2 + \cdots \] \( F_o \)は定数で変形をうけないときの自由エネルギーです。 通常興味の対象はFの変化量ですからは以降省略しても問題ありません(ポテンシャルの基準と同じ)。 つぎに、前節(3.1-8)式にFのべき級数展開をあてがうと \[ F = F_o + c_1 \epsilon_{ij} + c_2 \epsilon_{ij}^2 + \cdots \] となります。 前提から\( \epsilon_{ij} = 0 \)なら\( \sigma_{ij} = 0 \)であって\( c_1 = 0 \)でなければならず、自由エネルギー\( F \)は\( \epsilon_{ij} \ \)の一次の項を持ちません。 また\( F \)はスカラー量のため、\( F \)の各項もまたスカラーでなければなりません。 Fの変数であるひずみテンソル\( \epsilon_{ij} \)から得られる二次の独立なスカラー量は次の二つになります。
対角項の二乗和:\( \epsilon_{ll}^2 \)、全成分の二乗和:\( \epsilon_{ij}^2 \)
ひずみは十分小さいので、Fをε_ijの二次の項までで書くと次のようになります。 \[ F = \frac { \lambda }{ 2 } \epsilon_{ll}^2 + \mu \epsilon_{ij}^2 \tag{3.2-1} \] この式は変形をうけた等方性物体の自由エネルギー\( F \)の一般式であり、\( \lambda , \mu \)をラメ係数と呼びます。

ここで変形の種類に着目します。
ひずみテンソルの対角和は物体の体積変化率を意味することから、対角和が0の場合、体積変化を伴わない変形が生じていることになります。 このような変形をせん断変形、対応するひずみをせん断ひずみと呼びます。 これとは逆に、体積変化はあるが形状変化はない変形もあります。 これを周辺圧縮変形または一様圧縮変形、対応する対角ひずみを(周辺)圧縮ひずみと呼びます。 これらの詳細については連続体力学2.3節も参照ください。
変形の種類が2つに対し、\( \epsilon_{ij} \)から得られる二次の独立なスカラー量も2つであることから、これらの間に関連性があることは容易に想像がつきます。

さて、すべてのひずみはせん断ひずみと圧縮ひずみの和で表せ、次のようになります。 \[ \epsilon_{ij} = \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \right) + \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \tag{3.2-2} \] 右辺第一項は対角項が0となるためせん断ひずみ、第二項は圧縮ひずみになります。 この式を用いて自由エネルギー\( F \)の一般式(3.2-1)式を書き換えると、次のようになります。 \[ \begin{eqnarray} \left\{ \begin{array}{l} \displaystyle F = \frac{K}{2} \epsilon_{ll}^2 + \mu ( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} )^2 \\ K = \lambda + \displaystyle \frac{2}{3} \mu \end{array} \right. \end{eqnarray} \tag{3.2-3} \] Kを周辺圧縮率、μをせん断率と呼びます。ここで、K、μの正負を確認します。
熱平衡状態にあるとき自由エネルギー\( F \)は極小を取り、このとき物体は変形をうけないので\( \epsilon_{ij} = 0 \)となります。 圧縮変形のみとせん断変形のみの場合の\( F \)はそれぞれ \[ \begin{align} &\large{圧縮変形:} \normalsize{ F = \frac{K}{2} \epsilon_{ll}^2 } \\ &\large{せん断変形:} \normalsize{ F = \mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \right)^2 } \end{align} \] となり、\( \epsilon_{ij} \ \)の二次関数であること、極小時\( F = 0 \)であることを考慮すれば、\( K > 0 \)、\( \mu > 0 \)でなければなりません。

次に、自由エネルギーFを介して応力テンソル\( \sigma_{ij} \ \)をひずみテンソル\( \epsilon_{ij} \ \)の関数で表します。
(3.2-3)式の完全微分形は次のようになります。 \[ \begin{align} dF &= K \epsilon_{ll} d\epsilon_{ii} + 2 \mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \right) d \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \right) \\ &= \left\{ K \epsilon_{ll} \delta_{ij} + 2 \mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \right) \right\} d \epsilon_{ij} \end{align} \\ ( \because d\epsilon_{ii} = \delta_{ij} d \epsilon_{ij} ) \tag{3.2-4} \] この式と(3.1-8)式を比較すれば、応力テンソルとひずみテンソルの関係式 \[ \sigma_{ij} = K \epsilon_{ll} \delta_{ij} + 2 \mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \right) \tag{3.2-5} \] が得られます。変形が単一圧縮、単一ひずみとして作用する場合、 \[ \begin{align} &\large{圧縮変形:} \normalsize{ \sigma_{ll} = K \epsilon_{ij} \delta_{ij} } \\ &\large{せん断変形:} \normalsize{ \sigma_{ij} = 2 \mu ( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} ) } \end{align} \tag{3.2-6} \] の関係が得られ、圧縮変形は\( K \)、ひずみ変形は\( \mu \)によって、それぞれ独立に決まることが分かります。

今度はひずみテンソル\( \epsilon_{ij} \ \)を応力テンソル\( \sigma_{ij} \ \)の関数で表します。 単純圧縮のとき \[ \sigma_{ll} = K \epsilon_{ll} \delta_{ij} = 3K \epsilon_{ll} \tag{3.2-7} \] の関係から応力テンソルの対角項が定まります。 この式は、体積変化率\( \epsilon_{ll} \ \)が応力テンソルの対角和\( \sigma_{ll} \ \)と比例関係にあることを示しています。 特に一様圧縮をうける物体に働く圧力を\( p \)としたとき、応力テンソルは\( \sigma_{ij} = -p \delta_{ij} \)で表せるため、(3.2-7)式は次式になります。 \[ \frac{ \epsilon_{ll} }{ p } = - \frac{1}{K} \ ( \because p \delta_{ll} = 3p ) \tag{3.2-8} \] 今考察している変形は微小であることを考慮に入れると、 \[ \frac{ dV }{ V } = \epsilon_{ll} \ \land \ \frac{ \epsilon_{ll}}{dp} = -\frac{1}{K} \ \rightarrow \ \frac{1}{K} = -\frac{1}{V} \left( \frac{\partial V}{\partial p} \right)_T \] の関係が得られます。\( 1/K \)を(周辺)圧縮係数と呼びます。

(3.2-5)式の\( \epsilon_{ll} \)に(3.2-7)式を代入して、\( \epsilon_{ij} \)に対して解くと次のようになります。 \[ \epsilon_{ij} = \frac{1}{9K} \delta_{ij} \sigma_{ll} + \frac{1}{2 \mu} \left( \sigma_{ij} - \frac{1}{3}\delta_{ij} \sigma{ll} \right) \tag{3.2-9} \] (3.2-5)、(3.2-9)式はともに応力テンソル\( \sigma_{ij} \ \)とひずみテンソル\( \epsilon_{ll} \ \)が線形関係にあること、 つまり物体に作用する力と変形は比例することを示しています。 この関係をフックの法則(フック則)と呼びます。 フックの法則は、その導出過程から物体の変形が微小であることを前提に成り立っています。

さいごに、自由エネルギーを介して応力テンソルとひずみテンソルの間に双対関係があることを示します。
オイラーの同次式に関する定理から、次の式が成り立ちます。 \[ \epsilon_{ij} \frac{\partial F}{\partial \epsilon_{ij}} = 2F \tag{3.2-10} \] ここで(3.1-8)式を考慮すると、 \[ F = \frac{1}{2} \sigma_{ij} \ \epsilon_{ij} \tag{3.2-11} \] が得られます。\( \epsilon_{ij} \ \)は\( \sigma_{ij} \ \)の一次関数であることから、\( F \)は応力テンソル\( \sigma_{ij} \ \)の二次関数となります。 そこで、再度オイラーの同次式に関する定理から \[ \sigma_{ij} \frac{\partial F}{\partial \sigma_{ij}} = 2F \tag{3.2-12} \] \[ \left( (3.1-8)式: \sigma_{ij} = \left( \frac{\partial F}{\partial \epsilon_{ij}} \right)_T \right) \] が得られます。(3.2-9)式と(3.2-12)式は対の関係になっていることが分かります。 以上の結果から(3.2-9)式と対の関係にある式が得られます。 \[ \epsilon_{ij} = \frac{\partial F}{\partial \epsilon_{ij}} \tag{3.2-13} \] なお、(3.1-8)式は熱力学的な観点から得られるのに対し、(3.2-13)式はフックの法則が成立した上で成り立つ式です。

参考文献

連続体力学のうち、弾性範囲内の固体の変形を扱ったものです。 材料力学という形で実用上用いられています。