3.4.熱膨張

一般に、物体は外力を受けなくても温度変化に伴って変形します。 これを熱膨張と呼びます。

熱膨張を数式表現するため、物体の自由エネルギー\( F \)に着目します。
物体の温度が\( T_o \)から\( T \)に変化するとき、外力の作用がなくても物体は変形するのでひずみが生じます。 従って、自由エネルギー\( F \)はひずみテンソル\( \epsilon_{ij} \ \)の一次の項を含むことになります (3.2節では物体の変形が等温過程であっため、\( F \)には\( \epsilon_{ij} \ \)の一次の項が含まれませんでした)。
\( F \)がスカラーであることに変わりありませんので、\( F \)は\( \epsilon_{ij} \ \)によって作られる一次スカラーを含まなければなりません。 この一次スカラーに該当するのはひずみテンソルの対角和\( \epsilon_{ll} \ \)のみになります。 従って、自由エネルギーFは(3.2-3)式を考慮して、 \[ F(T) = F(T_o) + c_1 \epsilon_{ll} + \frac{K}{2} \epsilon ^2 +\mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \right) ^2 \] の形をとります。
なお、微小変形を扱っているので、温度変化\( (T - T_o ) \)もまた微小と考えられます。 従って、\( F \)に含まれる温度変化\( (T - T_o ) \)の項は一次までを考慮します。 また\( \epsilon_{ll} \)の係数\( c_1 \)は、\( T = T_o \)のとき\( c_1 = 0 \)でなければならないので、\( (T - T_o ) \)に比例すると考えられます。 以上のことを考慮すると、自由エネルギー\( F \)は次式で表せます。 \[ F(T) = F(T_o) - K \alpha (T - T_o) \epsilon_{ll} + \frac{K}{2} \epsilon ^2 +\mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \epsilon_{ll} \right) ^2 \tag{3.4-1} \] 温度の微小変化に知足て、\( K,μ,α \)は一定とみなすことができます。 また、\( (T - T_o ) \)の係数に\( K \)がついているのは、後の計算上の扱い勝手によるところです。

次に、応力との関係をみます。
(3.4-1)式をひずみテンソル\( \epsilon_{ij} \)で微分すると次式になります。 \[ \frac{dF}{d \epsilon_{ij}} = -K \alpha ( T - T_o ) \delta{ij} + K \epsilon_{ll} \delta_{ij} + 2 \mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \ \epsilon_{ll} \right) \] これを(3.2-4)式と比較すると、右辺第二+第三項は応力テンソルであるので、 この式自体も応力を示していることが分かります (単位に着目すればわかります)。 つまり、等温過程でなくても\( F \)の\( \epsilon_{ij} \)による微分は応力テンソルを示す、 ということになります。 従って、右辺第一項は温度変化によって生じる付加応力である、とみることができます。 \[ \tag{3.4-2} \] もし物体に外力が作用しなければ、物体の内部応力は0でなければなりません。 このとき(3.4-2)式について、応力の対角成分(圧縮)と非対角成分(せん断)に分けて考え(3.2-6)式を参考にすれば、次の結果を得ます。 \[ \sigma_{ij} = -K \alpha ( T - T_o ) \delta{ij} + K \epsilon_{ll} \delta_{ij} + 2 \mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \ \epsilon_{ll} \right) \tag{3.4-3} \] 従って、 \[ \epsilon_{ll} = \alpha ( T - T_o ) \tag{3.4-4} \] の関係が得られます。 これは体積ひずみ\( \epsilon_{ll} \)が温度変化と比例関係にあることを示しており、 この比例定数\( \alpha \)を物体の熱膨張係数と呼びます。

物体の変形において、
  1. 等温変形
  2. 断熱変形
は熱力学的にみて基本的な意味を持ちます。

(1)等温変形はすでに3.2節3.3節で見た通りです。
(2)断熱変形は、物体がその周囲とエネルギー交換をしない場合に起こります (現実的ではありませんが、そこから得られる特性を知ることは十分に意味があります)。 この場合、エントロピー\( S \)は一定であり(\( TdS = dQ = 0 \))、(3.4-1)式を温度\( T \)で微分すると、 \[ \left( \frac{\partial F}{\partial T} \right)_s = - K \alpha \epsilon_{ll} \] となります。 さらに(3.1-5)式をみると、外力の作用がない状況では\( \sigma_{ij} = 0 \)であることから、 自由エネルギー\( F \)を温度\( T \)で微分したものはエントロピー\( S \)と等しくなるので( \( \partial F/ \partial T = -S \))、上式は次のように表せます。 \[ S(T) - S(T_o) = K \alpha \epsilon_{ll} \tag{3.4-5} \] 単一物質の状態量について熱力学によると、2つの状態量が決まれば他の1つの状態量が決まります。 これに従えば、物体の体積、エントロピーは状態量ですから、その温度変化\( (T - T_o ) \)は何等かの熱力学的な方法で決まります。 従って、(3.4-5)式はさらに \[ \gamma ( T-T_o ) = K \alpha \epsilon_{ll} \] と書き換えることができ、これを(3.4-2)式に取り込むことで次の関係式が得られます。 \[ \sigma_{ij} = K_{ad} \ \epsilon_{ll} \ \delta_{ij} + 2 \mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \ \epsilon_{ll} \right) \tag{3.4-6} \] これは断熱過程での応力テンソルであり、\( K_{ad} \)は断熱過程における圧縮率を意味します。 \( \mu \)については等温過程とおなじせん断率になります。 断熱圧縮率\( K_{ad} \)と等温圧縮率\( K \)の関係は、熱力学上の関係から導き出されます。 \[ \left( \frac{\partial V}{\partial P} \right)_S = \left( \frac{\partial V}{\partial P} \right)_T + \frac{T}{C_P}\left( \frac{\partial V}{\partial T} \right)_P^2 \\ \tag{3.4-7} \] \[ (C_P:定圧比熱) \] それぞれの変化率には次の意味があります。 \[ \begin{align} \left( \frac{\partial V}{\partial P} \right)_S &: \ \large{等エントロピー過程での応力体積変化率} \\ \left( \frac{\partial V}{\partial P} \right)_T &: \ \large{等温過程での応力体積変化率} \\ \left( \frac{\partial V}{\partial T} \right)_P &: \ \large{応力一定下での温度体積変化率} \end{align} \] つまり断熱圧縮率\( K_{ad} \)、等温圧縮率\( K \)、熱膨張係数\( \alpha \)がこれらに対応して、 \[ \left( \frac{\partial V}{\partial P} \right)_S = - \frac{1}{K_{ad}} , \ \left( \frac{\partial V}{\partial P} \right)_T = - \frac{1}{K} , \ \left( \frac{\partial V}{\partial T} \right)_P = \alpha \tag{3.4-8} \] これをもとに、断熱過程における縦弾性率(ヤング率)\( E_{ad} \)とポアソン比\( \nu \)が次式として得られます。 \[ \begin{align} E_{ad} &= \frac{E}{1- E \displaystyle \frac{T \alpha^2}{9 C_P}} \simeq E + E^2 \frac{T \alpha^2}{9 C_P} \\ \\ \nu_{ad} &= \frac{\nu + E \displaystyle \frac{T \alpha^2}{9 C_P}}{1- E \displaystyle \frac{T \alpha^2}{9 C_P}} \simeq \nu + ( 1 + \nu ) E \frac{T \alpha^2}{9 C_P} \end{align} \] \[ \left( \because E \displaystyle \frac{T \alpha^2}{9 C_P}は微小 \right) \] 最後に等方変形について、等温過程での応力テンソル(3.1-8)式に対応する等エントロピー過程での応力テンソルは(3.1-7)式になります。 \[ \sigma_{ij} = \left( \frac{\partial U}{\partial \epsilon_{ij}} \right)_S \tag{3.1-7} \] 従って、等温変形における自由エネルギーの式(3.2-3)に対応する断熱変形における内部エネルギーは次式によって定まります。 \[ U = \frac{K_{ad}}{2} \epsilon_{ll}^2 + \mu \left( \epsilon_{ij} - \frac{1}{3} \delta_{ij} \ \epsilon_{ll} \right)^2 \tag{3.4-10} \]

      

参考文献

連続体力学のうち、弾性範囲内の固体の変形を扱ったものです。 材料力学という形で実用上用いられています。