5.正準方程式
5.1.ハミルトン方程式
5.1.1.ハミルトン方程式の導出
ラグランジュ方程式による力学的表現をさらに一般化するものが、ハミルトン方程式になります。
“一般化”ということに直接答えてはいませんが、時間に関する二階微分方程式であるラグランジュ方程式を、時間の一階微分方程式に表しなおすことが本節の目的です。
その理由は次のとおりです。
- 二階微分方程式より一階微分方程式の方が一般に扱いやすい
- 幾何学的なイメージが得られやすい
これらを踏まえ、本節ではハミルトン方程式の導出を目的として話を進めます。
ラグランジアンLの完全微分形は、
\[
dL
=
\sum_i \frac{\partial L}{\partial q_i} dq_i
+ \sum_i \frac{\partial L}{\partial \dot{q_i}} d \dot{q_i}
+ \frac{\partial L}{\partial t} dt
\tag{5.1.1-1}
\]
ここで、一般運動量
pの定義式(4.2-8)式と、ラグランジュ方程式から
\[
p
=
\frac{\partial L}{\partial \dot{q}}
, \quad
\frac{d}{dt} \left( \frac{\partial L}{\partial \dot{q}} \right) - \frac{\partial L}{\partial q}
=
0
\\
\\
\rightarrow \
\frac{d}{dt} \left( \frac{\partial L}{\partial \dot{q}} \right)
=
\dot{p}
\tag{5.1.1-2}
\]
が得られ、(5.1.1-1)式に代入します。
\[
dL
=
\sum_i \dot{p_i} dq_i
+ \sum_i p_i d \dot{q_i}
+ \frac{\partial L}{\partial t} dt
\tag{5.1.1-3}
\]
このとき右辺第二項は、
\[
p d \dot{q}
=
d( p \dot{q}) - \dot{q} dp
\tag{5.1.1-4}
\]
と表せ、結局(5.1.1-1)式は次のようになります。
\[
d \left( \sum_i p_i \dot{q_i} - L \right)
=
\sum_i \dot{q_i} dp_i - \sum_i \dot{p_i} dq_i - \frac{\partial L}{\partial t} dt
\tag{5.1.1-5}
\]
ここで(5.1.1-5)式左辺に対し、新たな関数Hを次のように定義します。
\[
H(p, q, t)
=
\sum_i p_i \dot{q_i} - L
\tag{5.1.1-6}
\]
この関数Hを
ハミルトニアンと呼びます。
ハミルトニアンの持つ意味については次節で見ることにします。
さて、運動が時間に陽に依存しないとき、(5.1.1-5)式は
\[
dH
=
\sum_i \dot{q_i} dp_i - \sum_i \dot{p_i} dq_i
\tag{5.1.1-7}
\]
となり、運動量と座標に関して対称性のある形をしているのが特徴です。
また、ハミルトニアンHの完全微分形
\[
dH
=
\sum_i \frac{\partial H}{\partial p_i} dp_i + \sum_i \frac{\partial H}{\partial q_i} dq_i + \frac{\partial H}{\partial t}dt
\tag{5.1.1-8}
\]
と(5.1.1-5)式を比較すると、座標と運動量を定める方程式が導出されます。
\[
\begin{eqnarray}
\left\{\begin{array}{l}
\dot{q_i}
& = &
\displaystyle \frac{\partial H}{\partial p_i}
\\
\dot{p_i}
& = &
- \displaystyle \frac{\partial H}{\partial q_i}
\end{array}\right.
\end{eqnarray}
\tag{5.1.1-9}
\]
これら二式を合わせて
ハミルトン方程式と呼びます。
さらに、ハミルトニアンHの時間に関する完全導関数((5.1.1-8)式参照)は、ハミルトン方程式(5.1.1-9)式を考慮すると、
\[
\frac{dH}{dt}
=
\frac{\partial H}{\partial t}
\tag{5.1.1-10}
\]
となります。
特に、ハミルトニアンが時間を陽に含まない場合は、(5.1.1-6)式を用いて
\[
\frac{dH}{dt}
=
\frac{d}{dt} \left(
\sum p_i \dot{q_i} -L
\right)
=
0
\tag{5.1.1-11}
\]
となり、これは(4.1-2)式であるエネルギ―保存則と同じものになります。
5.1.2.ハミルトニアンの意味
時間を陽に含まないハミルトニアンHについて見ていきます。
Hの定義式(5.1.1-6)式
\[
H(p, q, t)
=
\sum_i p_i \dot{q_i} - L
\tag{5.1.1-6}
\]
について、右辺第一項は、ラグランジアンの定義L=T-Uと、Tは速度の二次関数であることを考慮すると、オイラーの同次式によって、
\[
\sum_i p_i \dot{q_i}
=
\sum_i \frac{\partial L}{\partial \dot{q_i}} \dot{q_i}
=
\sum_i \frac{\partial T}{\partial \dot{q_i}} \dot{q_i}
=
2T
\tag{5.1.2-1}
\]
が得られます。
これを(5.1.1-6)式に代入すると、
\[
H
=
2T - (T - U)
=T + U
\tag{5.1.2-2}
\]
が得られます。
これは、ハミルトニアンHが力学系の全エネルギーに相当することを表しています。
5.1.3.最小作用の原理からの導出
ハミルトン方程式(5.1.1-9)式は、最小作用の原理からも導出できます。
この場合、ハミルトニアンとラグランジアンの関係(5.1.1-6)式はあらかじめ設定できているものとして話を進めることになります。
最小作用の原理をハミルトニアンを用いて表せば、
\[
I
=
\int_{t_a}^{t_b} (p \dot{q} - H)dt
\tag{5.1.3-1}
\]
ただし、表記上、Σを用いなくても同じであることは、
1.3節で見たとおりです。
さて、この作用の変分を計算すると、
\[
\begin{eqnarray}
\delta I
& = &
\int_{t_a}^{t_b} \left(
\delta p dq + p \delta(dq) - \frac{\partial H}{\partial q} \delta q dt - \frac{\partial H}{\partial p} \delta p dt
\right)
\\
\\
& = &
\int_{t_a}^{t_b} \delta p \left( dq - \frac{\partial H}{\partial p} dt \right)
- \int_{t_a}^{t_b} \delta q \left( p + \frac{\partial H}{\partial q} dt \right)
+ \left[ p \delta q \right]_{\ \ \delta q_a}^{\ \ \delta q_b}
\end{eqnarray}
\tag{5.1.3-2}
\]
\[
(\because p\delta(dq) = \delta (p dq) - \delta p dq )
\]
ところで、右辺第二項については積分の端点でδq=0であることから“0”になります。
さらに、任意の独立なδp、δqに対して恒等的に“0”を満たすためには、次の条件を満たす必要があります。
\[
\begin{eqnarray}
dq
& = &
\frac{\partial H}{\partial p}dt
\\
dp
& = &
- \frac{\partial H}{\partial q}dt
\end{eqnarray}
\tag{5.1.3-3}
\]
これは、ハミルトン方程式そのものになります。
5.2.ポアソンの括弧式
5.2.1.ポアソンの括弧式
運動量p、座標q、時間tの関数f(p,q,t)で表せる量を
力学変数といいます。
この力学変数fの特徴をあぶり出すのがポアソンの括弧式です。
力学変数である量fの時間についての完全導関数は、ハミルトン方程式を用いて次のように表せます。
\[
\begin{eqnarray}
\frac{df}{dt}
& = &
\frac{\partial f}{\partial t} + \sum \left(
\frac{\partial f}{\partial p_i} \dot{p_i} + \frac{\partial f}{\partial q_i} \dot{q_i}
\right)
\\
& = &
\frac{\partial f}{\partial t} + \sum \left(
\frac{\partial f}{\partial p_i} \frac{\partial H}{\partial q_i}
- \frac{\partial f}{\partial q_i} \frac{\partial H}{\partial p_i}
\right)
\end{eqnarray}
\tag{5.2.1-1}
\]
このとき、次のような記号を導入し、
\[
\{Hf\}
=
\sum \left(
\frac{\partial f}{\partial p_i} \frac{\partial H}{\partial q_i}
- \frac{\partial f}{\partial q_i} \frac{\partial H}{\partial p_i}
\right)
\tag{5.2.1-2}
\]
これを量Hとfに対する
ポアソンの括弧式または
ポアソン括弧と言います。
5.2.2.ポアソン括弧の性質
ポアソンの括弧式は、ハミルトニアンHを含めた形から、一般的な力学変数gにも拡張できます。
\[
\{fg\}
=
\sum \left(
\frac{\partial f}{\partial p_i} \frac{\partial g}{\partial q_i}
- \frac{\partial f}{\partial q_i} \frac{\partial g}{\partial p_i}
\right)
\tag{5.2.2-2}
\]
一般に拡張されたポアソンの括弧式は次のような性質を持ちます。
(1) |
\( \{ fg \}= - \{ gf \} \)
|
(2) |
\( \{ fc \}= 0 \)(c=const)
|
(3) |
\( \{ (f+h)g \}= \{ fg \} + \{ hg \} \)
|
(4) |
\( \{ (fh)g \}= f \{ hg \} + h \{ fg \} \)
|
(5) |
\( \displaystyle \frac{\partial}{\partial t }\{ fg \}
= \left\{ \displaystyle \frac{\partial f}{\partial t}g \right\}
+ \left\{ f \displaystyle \frac{\partial g}{\partial t } \right\} \)
|
(6) |
\( \{ fq_k \} = \displaystyle \frac{\partial f}{\partial p_k} \)
または
\( \{ fp_k \} = - \displaystyle \frac{\partial f}{\partial q_k} \)
|
(7) |
\( \{ q_iq_k \}=0, \ \{ p_ip_k\} = 0, \ \{ p_iq_k \} = \delta_{ik} \)
(\( \delta_{ik} \):クロネッカーのデルタ))
|
(8) |
\( \{f \{ gh \} \} + \{g \{ hf \} \} + \{h \{ fg \} \} = 0 \)
(ヤコビの恒等式)
|
(1)~(7)の証明はそれほど大変ではありませんが(8)の証明は結構大変です。
そこで、次節にヤコビの恒等式の証明を行っていきます。
5.2.3.ヤコビの恒等式
今、微分演算子として次のものを定義します。
\[
\begin{eqnarray}
D_1
& = &
\{ g * \}
=
\sum \left(
\frac{\partial g}{\partial q_i}\frac{\partial *}{\partial p_i}
- \frac{\partial g}{\partial p_i}\frac{\partial *}{\partial q_i}
\right)
\\
\\
D_2
& = &
\{ h * \}
=
\sum \left(
\frac{\partial h}{\partial q_i}\frac{\partial *}{\partial p_i}
- \frac{\partial h}{\partial p_i}\frac{\partial *}{\partial q_i}
\right)
\end{eqnarray}
\tag{5.2.3-1}
\]
このとき(8)式の左辺後ろ二項について
\[
\begin{eqnarray}
\{ g \{hf \}\} + \{ h \{fg \}\}
& = &
\{ g \{hf \}\} - \{ h \{gf \}\}
\\
& = &
D_1(D_2f) - D_2(D_1f)
\\
& = &
(D_1D_2 - D_2D_1) f
\end{eqnarray}
\tag{5.2.3-2}
\]
とできます。
そこで、この微分演算子について、気合と根性で計算すると...
計算過程はこちら
実は、微分演算子を定義しなくても根性計算すれば証明できたのですが...
根性だめしのような計算結果から(8)ヤコビの恒等式は、恒等的に“0”になることが証明されました。
\[
\{f \{ gh \} \} + \{g \{ hf \} \} + \{h \{ fg \} \} = 0
\tag{5.2.3-3}
\]
5.2.4.運動の積分の条件
力学変数が系の運動の間、不変(=定数)となるものは“運動の積分”(
4章)と呼ばれ、量fがこの運動の積分であるための条件は、(5.2.1-1)式が“0”になることです。
\[
\frac{df}{dt}
=
\frac{\partial f}{\partial t} + \{ HF \}
\tag{5.2.4-1}
\]
ここで、関数fが時間に陽に依らない場合、
\[
\{ HF \}
=
0
\tag{5.2.4-2}
\]
となり、関数fが運動の積分であるための条件はポアソンの括弧式を“0”とすることになります。
5.2.5.ポアソンの定理
2つの力学的変数f、gによって構成されるポアソン括弧{fg}において、f、gがともに運動の積分である場合、{fg}もまた運動の積分となります。
この関係を
ポアソンの定理と呼びます。
\[
\{ fg \}
=
const
\tag{5.2.5-1}
\]
ここでは、このポアソンの定理について証明します。
f、gがともに時間を陽に含まないときは、ヤコビの恒等式(5.2.3-5)式のhにハミルトニアンHを代入することで、
\[
\{f \{ gH \} \} + \{g \{ Hf \} \} + \{H \{ fg \} \} = 0
\tag{5.2.5-2}
\]
ところで、(5.2.4-2)式により、ハミルトニアンと運動の積分のポアソン括弧は“0”となるため、
\[
\{ Hf \}=0,
\{ gH \}=-\{ Hg \}=0
\tag{5.2.5-3}
\]
(5.2.5-2)式とあわせて
\[
\{H \{ fg \} \} = 0
\tag{5.2.5-4}
\]
が得られます。
次に、f、gが時間を陽に含む場合、(5.2.1-1)式に基づき、さらに5.2.2節(5)式を用いることで、次のように変形できます。
\[
\begin{eqnarray}
\frac{d \{fg\}}{dt}
& = &
\frac{\partial \{fg\}}{\partial t} + \{H\{fg\}\}
\\
& = &
\left\{ \frac{\partial f}{\partial t} g \right\}
+ \left\{ f \frac{\partial g}{\partial t} \right\}
+ \{H\{fg\}\}
\end{eqnarray}
\tag{5.2.5-5}
\]
さらに、ヤコビの恒等式を用いて、
\[
\begin{eqnarray}
\frac{d \{fg\}}{dt}
& = &
\left\{ \frac{\partial f}{\partial t} g \right\}
+ \left\{ f \frac{\partial g}{\partial t} \right\}
- \{f\{gH\}\} - \{g\{Hf\}\}
\\
& = &
\left\{ \frac{\partial f}{\partial t} + \{ Hf \}, g \right\}
+ \left\{ f, \frac{\partial g}{\partial t} + \{ Hg \} \right\}
\\
& = &
\left\{ \frac{df}{dt}, g \right\}
+ \left\{ f\frac{dg}{dt} \right\}
\end{eqnarray}
\tag{5.2.5-6}
\]
となり、結局、f、gが運動の積分であることから
\[
\frac{d\{fg\}}{dt}=0
\ \leftrightarrow \
\{fg\}=const
\tag{5.2.5-7}
\]
が得られます。