3.ベクトル解析
本章では、3次元空間上のベクトルに微分法を適用していきます。
この空間に存在する正規直交座標系O-xyzについて、
x、y、zの各軸方向を表す単位ベクトルを
i、
j、
kとします。
3.1.ベクトルの微分
3.1.1.ベクトル微分の定義
空間ベクトル
aがある変数、ここではtとしたときの関数である場合、
それをベクトル関数
a(t)と呼びます。
ベクトル関数の成分を以下のように設定します。
さて、ベクトル関数
a(t)をtで微分すると、
ベクトル
i、
j、
kは定ベクトルなので、
となります。
同様に2階微分の場合は次のようになります。
(3.1.1-3)式を発展させれば、結局のところ、空間ベクトルの高階微分は、
となります。
3.1.2.ベクトル微分の演算法則
スカラー関数k(t)、ベクトル関数
a(t)、
b(t)の間には次の関係式が成り立ちます。
上式は成分計算をすることによってすべて証明できます。
特に(2)について、
b(t)=
a(t)=
a
(定ベクトル)の場合、
が成り立つので、ベクトル
aと
その1階微分d
a/dtは必ず垂直になります。
3.1.3.曲線に関するベクトル
3.1.3.1.接線ベクトル
今、三次元空間上に曲線Cが存在するとします。
この曲線C上を動く質点の運動について考えて見ます。
図3.1.3.1-1 曲線C上の質点の動き
質点がある時刻tで、曲線C上の点Pにあるものとし、その位置ベクトルを
r(t)とします。
それから微小時間Δt経過後、質点が曲線C上の点Qに移動したとします。
この点Qの位置ベクトルを
r(t+Δt)とし、
PQベクトルをΔ
r=
r(t+Δt)-
r(t)とします。
ここで、Δtを十分小さくすると、点Qは点Pに近づいていき、Δt→0の極限において、
Δ
rの向きは点Pにおける接線方向と一致します。
このベクトルd
r/dtを、点Pにおける曲線Cの
接線ベクトルと呼びます。
ちなみに速度ベクトルは、位置ベクトルの時間微分であることから、
この接線ベクトルはまさに速度ベクトルと同じものになります。
つまり表現を変えると、d
r/dtは点Pにおける質点の速度ベクトルである、とも言えます。
3.1.3.2.主法線ベクトル
先ほどは、質点の位置を時間tを変数とするベクトル関数として表現しましたが、
今度は、曲線上のある1点Bを基準に、そこから測った弧BPの長さsをパラメータとして、
質点の位置をベクトル関数
r(s)で表すことにします。
3.1.3.1項の接線ベクトルについて、
その大きさが1である単位接線ベクトルを
t(s)と置きます。
図3.1.3.2-1 曲線C上の質点の動き
図3.1.3.2-1のように、点Pから微小距離Δsずれた点をQとし、
その位置ベクトルを
r(s+Δs)、
PQベクトルをΔ
r=
r(s+Δs)-
r(s)とします。
ここで、Δsを十分小さくすると、点Qは点Pに近づいていき、
Δs→0の極限において、Δ
rの大きさはΔsと一致します。
また、Δ
rの向きは点Pの接線と一致します。
つまりΔs→0の極限において、d
r(s)/dsは点Pでの単位接線ベクトルを表します。
ここで、(3.1.3.1-1)と(3.1.3.2-2)式の結果、
さらに合成関数の微分則を用いて次のような関係が導き出せます。
上式のスカラー微分ds/dtは、距離の時間変化を意味しています。これはまさに速さを表しています。
よって、速さをv、速度を
vとすると、上式は次のように表せます。
今度は、単位接線ベクトルの距離sによる変化について考えて見ます。
図3.1.3.2-1において、ベクトル
t(s)と
t(s+Δs)の成す角をΔθと置きます。
図3.1.3.2-2 曲線Cの曲率
点Qが点Pに十分近いとき、上図3.1.3.2-2のように、
点Pで曲線Cに接する円周上に2点P、Qが存在する、と考えられます。
そこで、次のようなパラメータを新たに設定します。
これは、微小角度dθに対する半径1の円弧長dθと、
曲線Cの弧長dsの比を表すもので、
曲率と呼びます。
この定義からわかるように、曲率は曲がり具合を表すパラメータです。
“曲率が大きい”とは、Δθ>Δsですから半径1の円よりも曲線Cの弧長が短い、
ということですから曲がり具合がきついことを意味します。
図3.1.3.2-3 曲率の大きさ例
また、曲率кの逆数を
曲率半径ρと呼びます。
これは曲率の定義からすんなりと受け入れられると思います。
さて、Δθが十分小さいとき、Δtの大きさは、
t(s)が単位接線ベクトルであることから
となりますので、次の関係が成り立ちます。
つまり、d
t/dθは単位ベクトルになります。
次に、d
t/dsを合成関数の微分則を用いて以下のように変形します。
単位接線ベクトル
tとd
t/dθの幾何学的関係は、
その内積をとるとわかるように、直交しています。
d
t/dθが接線に垂直なベクトルということは、
接線に接する円の中心に向かうベクトルということになります。
まとめると、このd
t/dθは大きさ1、
接線に対し垂直な方向=曲率円の向心方向を持つベクトルで、
主法線ベクトルと呼び、
nで表します。
ここで、主法線ベクトルを用いた形での加速度ベクトルを求めてみます。
(3.1.3.2-4)、(3.1.3.2-6)式を考慮にいれて、
となります。
この式から加速度ベクトルは、速さの変化を表す接線方向と、
方向変化を表す向心方向の2方向成分で構成されていることがわかります。
3.2.場と微分演算子
3次元空間上の任意の点の位置ベクトルを
r=(x、y、z)としたとき、
各点にベクトル関数
A(
r)
=(Ax(
r)、Ay(
r)、Az(
r))が
与えられるとき、その空間を
ベクトル場と呼びます。
例えば、電場や磁場、重力場、速度場などがベクトル場に相当します。
それに対し、各点にスカラー関数φ(
r)が与えられるとき、
その空間をスカラー場と呼びます。
例えば、等電位面やポテンシャル流などがスカラー関数として与えられるときが、
スカラー場に相当します。
“場”という概念で、ベクトル関数、あるいはスカラー関数である物理量を考えるとき、
各点に与えられたベクトル関数の変化を知ること、
つまりベクトル関数の位置ベクトル
rに関する微分が、
現象を把握する上で非常に重要になります。
そこで、次のような微分演算子を定義します。
この(3.2-1)式の演算子
∇を、
ナブラ演算子と呼びます。
この演算子は、ベクトル関数のx成分をxで、y成分をyで、
z成分をzによって偏微分することを表しています。
さて、この微分演算子によって以下の4種類の計算則が定義されています。
- 勾配
- grad φ(r)=∇φ(r)
- 発散
- div A(r)=∇・A(r)
- 回転
- rot A(r)=∇×A(r)
- ラプラシアン
- div grad φ(r)=∇2φ(r)=Δφ(r)
3.2.1.勾配(grad)
スカラー関数φ(
r)の場における変化は、
勾配(gradient)として次のように定義されます。
(3.2.1-1)式がなぜ“勾配”と呼ぶか?について調べてみます。
スカラー関数φ(
r)は、曲線C上の点として定義されているものとします。
C上のある1点Bを基準に、そこからC上のある点Pまでの曲線長をsとします。
今、点Pの位置ベクトルを
rとしたとき、点Pをつぎのように表します。
ここで、関数φ(
r)=φ(x(s)、y(s)、z(s))の曲線長sによる変化を計算すると、
となります。
(3.2.1-3)式左辺のdφ(
r)/dsを
方向微分係数と呼びます。
また、(3.2.1-3)式右辺のd
r(s)/dsは、
3.1.3.2項の
(3.1.3.2-2)式で見たように、曲線Cの単位接線ベクトルを表します。
よって、(3.2.1-3)式は∇φ(
r)と接線ベクトルとの成す角をθとして、次のようになります。
図3.2.1-1 方向微分係数
θ=0のとき、dφ(
r)/dsは最大値|∇φ(
r)|
をとります。
つまり∇φ(
r)は、φ(
r)が最も急激に変化する方向を向きます。
次に、φ(
r)=a(定数)とすれば、
この式は3次元曲面を表します。この曲面をSとします。
この曲面S上に曲線Cをとれば、曲線C上の点Pはφ(
r)=aによって拘束されます。
さて、曲線Cをパラメータsによって表すとき、曲線状の点Pは(3.2.1-2)式で表せます。
そこで、(3.2.1-3)式同様、パラメータtによる関数φ(
r)の変化を計算すると、
φ(
r)は一定のため、
つまり、∇φと曲線Cの接線ベクトルは垂直であることがわかります。
ところで、この曲線Cは、曲面S上と定義しただけですので任意性を有します。
そのため(3.2.1-4)式は、点Pにおける任意の曲線Cに対して成立します。
言い換えれば、(3.2.1-4)式は曲面Sに対して成立します。
つまり、∇φ(r)=constのとき、∇φ(r)と曲面Sは垂直である
ことがわかります。
また、このときの曲面Sを
等位面と呼びます。
図3.2.1-2 等位面とgradの関係
3.2.2.発散(div)
ベクトル関数
A(
r)の場における変化は、
発散(divergence)として次のように定義されます。
(3.2.2-1)式がなぜ“発散”と呼ぶか?について、具体的な例で調べてみます。
下図3.2.2-1に示す、辺の長さがΔx、Δy、Δzとなる
微小直方体領域から流出する流体の体積について考えます。
流体のある点P(x、y、z)における速度を
v(x、y、z)とします。
図3.2.2-1 流体の発散
図3.2.2-1の、x軸に垂直な青色の面PQRSから直方体に流入する、
単位時間あたりの流体の体積は、次のように計算できます。
青色面PQRSの面積×その面を通過する流体の速度
そこで、青色面PQRSを通過する流体の速度を求めます。
青色面PQRSの4頂点の速度は次のようになります。
青色面PQRSは微小面積のため、この面を通過する流体の速度は、
PQRS4点の平均として考えると、
となります。
ところで今、青色面からの流入体積を求めようとしているので、
この面の平均速度はx軸成分のみを考えればよいことになります。
また、Δy、Δzは微小量のため、テイラー展開して2次以上の項を無視すると、
よって、青色面PQRSから直方体に流入する単位時間あたりの流体の体積は、
今度は、赤色面P'Q'R'S'から流出する単位時間あたりの流体の体積を求めます。
(赤色面P'Q'R'S'の頂点の速度は次のようになります。
先ほどの流入してくる計算と同じように計算しますが、
今回は微小量にΔxが追加されます。
よって、まずは点P'の速度についてテイラー展開し、
2次以上の項を無視すると、
となります。
この式を他の点にも用いて、赤色面P'Q'R'S'から直方体に出て行く単位時間あたりの流体の体積を計算すると、
となります。
最後に、x軸方向における流体の流出量は、流出量(3.2.2-4)から流入量(3.2.2-3)式を引くことによって求まります。
残りのy軸、z軸も同様に計算すれば、それぞれ
よって、直方体の表面を通って、単位時間あたりに流出する流体の体積は、
(3.2.2-5)と(3.2.2-6)を足し合わせればよく、
となります。
この(3.2.2-7)式を、(3.2.2-1)式と比較すると、次のように表すことが出来ます。
このように、ある領域からの流出量を計算する際にdivが用いられる
ことから、発散と定義されるのはごくごく自然なことと考えられます。
3.2.3.回転(rot)
ベクトル関数
A(
r)の
回転(rotation)は、次のように定義されます。
また、行列式を用いると、
となります。
(3.2.3-1)式がなぜ“回転”と呼ぶか?について、具体的な例で調べてみます。
ベクトル場のある点P(x、y、z)(点Pの位置ベクトル
r)
における速度ベクトルを
v(
r)=
v(x、y、z)とします。
ここで、点P近傍の点Q(x'、y'、z')=
r'について考えます。
点Pと点Qは近傍であることから、
r'-
r
=Δ
r=(Δx、Δy、Δz)の大きさは微小になります。
さて、点Qでの速度ベクトルは
v(
r')
=
r(x'、y'、z')と表せますので、
点Qにおける速度ベクトル
v(
r)のテイラー展開を求め、
2次以降は微小として無視すると、
と表せます。
(3.2.3-3)式は、ちょっと書き換えるとわかりますが、
点Pと点Qの間の速度ベクトル変化を表しています。
この速度ベクトル変化の中身を知るために、(3.2.3-4)式を面倒くさいですが成分表示してみます。
ここで、任意のn次正方行列Aは、n次対称行列Bとn次反対称行列(交代行列)Bの和で表すことが出来ます。
これを、(3.2.3-5)式の行列Aに適用して行列B、Cを求めると次のようになります。
(3.2.3-5)式を、行列B、Cを用いて書き直せば、
となります。
ここで、BΔ
rと、CΔ
rが持つ幾何学的な意味について考えて見ます。
まずは、BΔ
rから見ていきます。
行列Bは対称行列のため、固有ベクトルから得られる直交行列Vによって対角化可能です。
求める対角行列をB'としたとき、行列の対角化は
で表すことが出来ます。
また、直交行列Vによって位置ベクトルΔ
rは、座標変換され、
そのベクトルをΔ
r'=(Δs、Δt、Δu)と置きます。
この対角化された行列B'による、座標変換された位置ベクトルΔ
r'
の変換は次のように表せます。
これは、x、y、zの各成分はそれぞれのスカラー倍、という関係になっていますので、
B'による速度ベクトルの変化は、伸縮を表します。
次に、CΔ
rについて見ていきます。
と、ベクトルの外積の式に書き換えることが出来ます。
ここで、外積の第一項を、rotの定義式である(3.2.3-1)式と比較すると、
であることがわかります。
よって、(3.2.3-10)式は次のように書き換えられます。
さて、ここで(3.2.3-10-a)式を次のように書き換えます。
このように書くと、右辺第一項のベクトルはxy平面上の点、右辺第二項のベクトルはyz平面上の点、
右辺第三項のベクトルはzx平面上の点を表すことがわかります。
これら三つのベクトルは同形のため、一つのベクトルの特徴をつかめばよいことになります。
よって、xy平面上の点を表す右辺第一項のベクトルについて着目します。
右辺第一項のベクトルは、次のように書き換えられます
ここで、再度(3.2.3-8)式を見直すと、
今求めようとしているのは、空間上の点間における速度差ベクトルで、
そのうちの行列C寄与分です。この速度差ベクトルの行列C寄与分を
vcと置きます。
そこでこの
vcをxy平面に射影したベクトル
vcxyが、
仮にc
12=constの場合、xy平面上でどのように分布するか?について考えて見ます。
q=(Δx、Δy、0)とおき、|
q|=constを満たす点の
vcxyがどのようになるか?を具体的に計算して図示化すると、
下図のようになります。
図3.2.3-1 xy平面状のvcxyの分布
つまり
vcxyは、原点(この場合z軸)を中心として、
時計まわりの回転を示しています。
同様にすると、他のyz平面、zx平面についても同じことが言えます。
よって、
vcは回転を表すことがわかります。
(3.2.3-13)式に再度登場してもらうと、
行列Cと1/2 (∇×
v(
r))×は等価であることがわかります。
つまり、∇×
v(
r)は回転を表していることが、これではっきりしました。
また、力学上定義されている回転運動の式を以下に示します。
ω(
r)は角速度ベクトルです。
ここで、角速度ベクトル
ω(
r)を、正規直交座標系のz軸と一致するように座標変換したときの、
角速度ベクトルと位置ベクトルを次のように表します。
そのとき、(3.2.3-14)式を(3.2.3-1)式に代入すると、
となります。
先ほどの結論で、行列Cと1/2 (∇×
v(
r))は等価であることがわかりましたので、
行列Cは角速度ベクトル
ω(
r)と等価であることがわかります。
3.2.4.ラプラシアン(div grad)
ラプラシアンは、次のように定義されます。
3.2.5.∇演算子を含む計算公式
∇演算子を含む計算公式を以下に示します。