1.テンソル
本章以降しばらくはテンソルの理解を得るために、特に指定がない限り、
自然数全体の集合をN、実数全体の集合をR、三次元ベクトル空間をVとして話を進めます。
また、ベクトル空間の正規直交基底を
{e1, e2, e3}で表します。
1.1.テンソルの定義
n個のベクトル
a1、
a2、・・・、
an
を実数xに写す多重線形性を持つ関数Tをテンソルといい、
この定義を記号表記すると次のようになります。
特にベクトルの個数をテンソルの
階数とよび、
上述のテンソルは
n階のテンソルといいます。
1.2.基本計量テンソル
ベクトル空間において、ベクトルの内積演算が定義された空間を計量ベクトル空間と呼びます。
ベクトルの内積を定義することで、大きさや向きといった幾何学的意味が
ベクトルに付与されることから、計量という言葉がうまくマッチしていると思います。
さて、前節でテンソルはベクトルを実数に写す線形写像である、と定義されました。
この定義にベクトルの内積は当てはまります。
そこで、空間内の任意のベクトル
u、
vの内積を関数
Gと取れば、
であり、
Gは
u、
vに対して双線形性(n=2の多重線形性)
を有することから二階テンソルと考えることができます。
この内積によって定義された二階テンソル
Gを
基本(計量)テンソルといいます。
テンソル
Gは2つの正規直交基底ベクトル
ei、
ej(i,j=1,2,3)に対し以下を満足します。
1.3.テンソルの成分
1.3.1.直交性テンソル
n個の正規直交基底ベクトル
ei,
ej, …,
ek
(i,j,…,k=1,2,3)に対するテンソルの像を
で表します。このときテンソルの像である実数は3
n個得られます。
次に、n個の任意ベクトル
u、
v、…、
wは
正規直交基底の一次結合として次のように表せます。
このn個の任意ベクトルに関するテンソルの像を、テンソルの多重線形性を用いて計算すると、
が得られます。このとき3n個のT
ij…kの値を知ればテンソルの像である実数
T(
u,
v,…,
w)が決まるため、Tij…kはテンソルの成分となります。
また、この添字の数はベクトルの数nと一致するので、n階テンソル成分の添時の数はnになります。
以上のように、正規直交基底に対して定義されたテンソルを
直交性テンソルと呼びます。
1.3.2.一階テンソルの成分
1.3.1節の定義をもとに一階テンソルの成分を定めます。
1個の正規直交基底ベクトルeiに対する一階テンソルの像を
で表せば、その像である実数は3個得られます。
ここで、任意ベクトル
uに関する一階テンソルの像を、テンソルの線形性を用いて計算すると、
が得られます。
この式は、T
iを成分とするベクトル
Tと任意ベクトル
uの内積の形をとっており、
また内積演算は任意ベクトル
uに対して線形性を満足します。
以上から、
一階テンソルTは内積演算を伴う
ベクトルの形態をとることがわかります。
つまり、
一階テンソルはベクトルと同等と言えます。
1.3.3.二階テンソルの成分
1.3.1節の定義をもとに今度は二階テンソルの成分を定めます。
2個の正規直交基底ベクトル
ei、
ejに対する二階テンソルの像を
とおくと、その像である実数は9個得られます(T
ij≠T
ji)。
ここで、任意ベクトル
u、
vに関する二階テンソルの像を、
その双線形性を用いて計算すると、
が得られます。二階テンソルの成分はこの9個の実数T
ijとなります。
ここで、ベクトルの線形変換に着目します。
線形変換をSとしたとき、Sは三次正方行列(三次元のため)をとり、この変換は線形性を満足します。
この線形変換Sをベクトル
vに作用させて得られたベクトル
v'と、
任意のベクトル
uとの内積は実数をとることから、関数
Sを
と定義します。
線形変換も内積も、ともに
u、
vに対して線形性を有することから
関数Sは二階テンソルになります。
さらに上式を成分計算すると、
が得られ、(1.3.3-1)式と(1.3.3-2)式は全く同型をとることから、
二階(直交)テンソルの成分は、線形変換行列Sの成分と一致します。
以上から、
二階テンソルTは行列演算と内積演算を伴う
正方行列
の形態をとることがわかります。
つまり、
二階テンソルはベクトルの線形変換と同等と見ることができます。
なお、n≧3の高階テンソルについてはすでに1.3.1節でその成分を見ましたが、
その形態はすでにベクトルや行列といったものを超越したマトリックス構造を持つため、
何とも表現できません。
1.3.4.0階テンソル
スカラーは一次元ベクトルとして扱えます。
一次元ベクトルの基底は1であり、これに関するテンソルの像はただ一つ得られます。
さらにこれまで同様、スカラーと同等である任意一次元ベクトルuに関するテンソルの像を計算すると、
であり、これは、ただ単にスカラーをスカラーに写しているだけに過ぎません。
このスカラーに関するテンソルの成分は、添字の数が0であるため0階テンソル
(
1.3.1節参照)といい、
その形態はスカラーをとります。
1.4.アインシュタインの規約
テンソルの成分表記では、Σ記号を多数含みます。この記号を毎回書くのは骨が折れる作業です。
そこで注目すべきは、テンソルの成分表記において、総和をとっている指標i,j,・・・,kが1つの項に2度繰り返し現れているものがあります。
そこで、1つの項に2度繰り返して現れる指標については、その指標の範囲について総和をとるものとします。
これを
アインシュタインの規約と言います。
上記例をこの規約に基づき書き直すと、次のようになります。
また、総和をとっている指標を他の指標に置き換えても、結果に対し影響を与えません。
1.5.テンソル代数
1.5.1.単位テンソル・零テンソル
線形変換の中で恒等変換Iを有する二階のテンソルの成分は、
であり、単位行列と一致します。このテンソル
Iを
単位テンソルといいます。
次に、任意のn個のベクトルに対するn階のテンソルが常に0をとるものを、
零テンソルと呼び、一般に
Oで表します。
1.5.2.テンソルの和
同じ階数の2つのテンソル
S、
Tについて、
同一添字同士の成分を足し合わせたものをテンソルの和といいます。
今度は、同じテンソル
Sをn個足し合わせると、
Sの成分はすべてn倍されます。これをテンソルのスカラー倍といいます。
例えば、二階のテンソルにおける和とスカラー倍は次のようになります。
次にテンソル
Uを
で定義するとき、テンソル
Tが零テンソルならば、
が成り立ちます。このときテンソル
Uと
Sは、対応するすべての成分が等しくなり、
このときテンソル
Uと
Sは等しい、と言います。
1.5.3.テンソル積
階数が異なっても良い2つのテンソル
に対して、すべての成分の相互積を成分にもつテンソルを
テンソル積と言い、
次のように表します。
このテンソル積の階数は、Sの階数sとTの階数tの和s+tになります。
なおテンソル積の演算自体は、テンソルでない成分に対しても行えるもので、
そういった意味で、テンソルの定義とテンソル積の演算の定義は切り離して捉えておく必要があります。
例えば、2つの一階テンソルのテンソル積は
となり、9個の成分を持つ二階テンソルになります。
また、一般にテンソル積に交換則は成り立ちません。
テンソル積の演算に関しては、次の定理が成り立ちます。
<定理1>
任意のテンソル
S、
T、
Uに対し、
<定理2>
2つの一階テンソルに対して
次に、正規直交基底のテンソル積について考えます。
まずは、二階テンソルのテンソル積
については、唯一の成分(i,j)のみが1で、それ以外の成分はすべて0になります。
このテンソル積9個はすべて互いに異なります。
これは正規直交基底が互いに独立であることの結果です(定理2 によります)。
このとき、次の定理が成り立ちます。
<定理3>
任意の二階テンソルTは9個の正規直交基底からなるテンソル積の1次結合で表される。
もし、
特に、(*)を満足する性質を、9個のテンソル積の1次独立性といい、
が二階テンソルの基底を作っていることに相当します。
また、この定理3はn階テンソル(n≧3)にも適用できます。
1.6.対称・交代テンソル
1.6.1.対称・交代テンソル
二階以上のテンソルについて、
という性質を持つとき、テンソル
Sは指標i、jについて
対称といいます。
このとき、任意のベクトル
u、
v、
wに対して
となり、i、jに関して対称とは、
u、
vに対して交換が成り立つことと同値になります。
次に、
という性質を持つとき、テンソル
Tは指標i、jについて
交代といいます。
交代テンソルについても、対称テンソル同様に
が成り立ちます。
1.6.2.二階テンソルの分解
二階の対称・交代テンソルについて見ていきます。
<定理1>
二階テンソルTが交代かつ対称ならば、Tは零テンソルである
<定理2>
任意の二階テンソルRは、対称テンソルSと
交代テンソルTの和R=S+Tとして表すことができ、
さらにこの和は一意に定まる。
特に定理2については次のようにして証明されます。
任意の二階テンソル
Rに対して
とおくと、
となります。また、他の対称・交代テンソル
S'、
T'
によって任意のテンソル
Rが表せたとすると、
これは定理1により零テンソルになるため、
となり、任意の二階テンソル
Rに対し、対称テンソル
S、
交代テンソル
Tは一意に定まります。
1.6.3.交代積
ベクトル
a、
bに対して
で定義される二階テンソルを
aと
bの
交代積といいます。
3つのベクトルにたいして交代積を拡張すると、以下のようになります。
ここで、交代積は次のような定理を持ちます。
<定理1>
2つのベクトルの交代積について
<定理2>
任意の二階交代テンソル
Tは、以下に示す正規直交基底の交代積の一次結合で表せる。
また、交代テンソル
Tについて
特に定理2については、3個の交代積が二階テンソルとして互いに一次独立であることを示しており、
この3個の交代積は交代テンソルの集合に対して基底を成すことを意味しています。