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1.設計者の役割

1.1.設計とは?

“ものづくり”には「社会に何かしらの価値を提供する」という目的が備わっています。 その価値を実現するための“もの”を具体的に創り出すことが設計者の役割です。 “もの”とは何かしらの“構造体=システム”であって、それは非常に幅広く、建造物、機械、電子機器といったハードウェアからプログラムや人生計画といったソフトウエアも含まれます。 システムを“設計”することは、その用途に応じた諸条件に適合するようにシステムの構成品(サブシステム)をひとつづつ積み重ねていく地道な作業です。

実際に設計者がシステムを具現化するには(わざ)や(すべ)、まさに“技術”が必要です。 設計者が持つ技術は各個人で異なります。それは育ってきた環境から得られた経験、その人が持つ知識や趣向性、価値観、さらには潜在的な能力(センスといえばよいでしょうか?)など、どれ一つとっても同じものを持つ人はいないことから当然のことでしょう。 この違いが設計者の個性となってシステムに現れ、さらにはシステムの個性へとつながっていきます。 これは、世の中には同じような製品があふれていても、購入者はその中からそれぞれの価値観にあった製品を選び出していることにつながります(家電製品や車などを思い浮かべてもらえれば想像がつくと思います)。

このように製品の多様性を求めるならば、設計者はシステムを具現化する中で各人の個性を入れ込む、恰好をつけて言えば“命を吹き込む”ことが重要である、と考えます。

とはいえ、設計者にとって押さえておかなければならない基本技術というものは存在していて、それをすっ飛ばしてやみくもに設計してもなかなかうまくいきません。設計作業はまさに守破離の世界に通じるものがあります。 そこで、本ページでは設計者が押さえておくべき基本技術についてまとめようと思います。

1.2.設計者がかかわる工程

設計者は“もの”を創り出すことが仕事であるため、ありとあらゆる工程に入り込む必要があります。 そこで下表に、各工程で行う内容と設計者が行う仕事についての一例を挙げます。
Step1:企画

<目標>

どういった製品をつくれば、社会に価値を提供できるか?
その目的と目標を設定

<設計の役割>

  • 目標値設定
  • 目的達成に必要な技術調査
  • ポンチ絵作成
Step2:仕様検討/計画立案

<目標>

  • 必要な機能・性能を具体化(数値化)
  • サブシステム仕様のサプライヤー調整
  • 計画立案/開発費見積り

<設計の役割>

  • 機能・性能の数値化
  • サプライヤー候補選定
  • ポンチ絵精度アップ
  • 設計工数見積もり
Step3:レイアウト検討

<目標>

  • 製品構成・形状・材質決定
  • 製法・組立性検討/コスト見積り
  • 全体システム⇔サブシステム間整合調整
  • 必要治工具検討
  • 製品安全性/信頼性検証

<設計の役割>

  • 設計計算(強度/剛性,機構,熱,流体,公差,…)
  • レイアウト詳細化
  • サプライヤー調整
  • 治工具設計/仕様検討
  • FTA/FMEA
Step4:図面/試験規格

<目標>

決定レイアウトをもとに

  • 各構成品手配/納期設定
  • 検査/試験規格策定
  • サプライヤー整合
  • 製造現場との整合

<設計の役割>

  • 各構成品仕様書、図面(3D図含む)作成
  • コスト調整
  • 組図/工程フロー/作業指示書作成
  • 検査規格書/試験規格書作成
  • 治工具手配
  • 製造現場との調整
Step5:製造組立/検査/試験

<目標>

  • 製品ばらつき把握
  • 製品テスト(要求仕様確認)

<設計の役割>

  • 工程管理評価
  • 組立/検査/試験現場支援
  • 検査/試験データ評価
Step6:販売/保守/点検

<目標>

  • 市場トラブル対応/不具合調査
  • 市場環境実力調査

<設計の役割>

  • 製品仕様見直し
  • 市場トラブル改修
  • 製品寿命実力把握
これは一つの例であり、設計者の考え方や所属する企業の考え方によって変わります。 また、上記内容すべてをこなすのは相当困難で、実際は分業によって対応します。 とはいえ、設計者は非常に幅広い工程にかかわることになるため、それに応じた幅広い知識が必要になります。

1.3.設計の原則

設計者は、その活動を行う上で必ず実行しなければならないことがあります。
  1. 製品に対する要求・性能・法律を満足する
  2. (1)に対して根拠を提示する
  3. 正確かつ迅速に、さらには可能な限り簡単に作れるようにする
  4. 設計プロセス内で得られた知見んを伝承する
  5. 既存技術を活用する
これらには一つ一つ意味があります。
(1)については、製品の特長を決定づけるとともに、社会に適合した製品でなければならないことを意味します。
(2)は製品の信頼性を担保するもので、仮に製品が市場に出回ったあと設計不具合が発覚したとしても、そのプロセスのどこに誤りがあったかを正しく把握することが可能になります。また、製品訴訟にも誠実に対応可能となります。
(3)は、ヒューマンエラーの削減と不具合発生低減に寄与します。
(4)は、そこで得られた知見・技術を伝承することで別の製品に流用が可能となること、次の新たな技術発展への一助となることが挙げられます。また、特許取得や論文発表などにもつながり、社会に対するアピールにもつながります。
(5)は設計負荷低減と設計信頼度の向上につながります。

また、設計者はその製品の使用状況に対して想像を巡らせる必要があります。それによって、
  • フェールセーフ=製品に予期しない事象が発生しても、重大事故が起きないよう安全側に動作する設計を行う
  • フールプルーフ=人間は必ずミスを犯す、という前提にたって設計を行う
といったことにも対応できる製品設計が可能となります。 これらを実現するためには、設計者にも“おもてなしの心”が必要、ということになります。

さて、ここまで見てきた中で設計者が最も時間を掛けて行っているであろう“3Dモデルの作成”や“図面作成”という言葉は出てきません。 実は設計において、この作業自体はそれほど本質的ではありません(ですが重要ではあります)。 設計者は単に3Dモデルや図面が描ければよいわけではなく、あらゆる工程で必要となる情報を提供し、さらにはそこで得られた情報を製品に反映していかなければなりません。 従って設計者は、それらの情報を咀嚼できるだけの幅広い見識が必要となってきます。
しかしながら先にも述べたとおり、上記内容をすべて理解し実行するのは効率的ではなく、また非常に困難です。 設計者各々得意不得意がありますので、上記内容を参考に自分が力を注ぐべきポイントを見つけて、その部分のスキルを伸ばしていくことが重要だと考えます。 ここで示した内容が皆様にとって気づきのきっかけとなって、「設計とはどうあるべきか?」を考えていただく機会となれば幸いです。

1.4.設計に必要なスキル

設計者に求められる具体的なスキルとしては、次のようなものが挙げられます。
  1. データ・マネージメント
  2. 論理構成
  3. コミュニケーション
  4. 文書作成
  5. 3D-CAD
  6. CAE・CFD
  7. データ分析・数値計算(ツール活用・自作)
  8. プログラミング
  9. 時間管理
  10. 体調管理
あれ?と思うものも入っているかもしれませんが、一つ一つ見ていきたいと思います。

(1)についてはこれまでの話のとおり、設計者は様々な情報を集約し、取捨選択の判断を入れながらシステムを具現化していきますので、情報の管理は非常に重要です。また、設計過程において行った計算やデータ分析結果、3Dモデルや図面との関連性についても関連性を持たせたうえで管理しなければなりません。そうしなければ、前節でみた設計の原則(2)と(4)に対応できません。

(2)については、製品づくりに携わるすべての人達に設計の真意を伝える上で必要となるスキルです。設計者の考え方に矛盾があれば、その設計の整合性に問題が生じるためで、設計者は設計の根拠に一点の矛盾なく説明できるだけの説得性を持たせなければなりません。これは、何も作る側の人たちだけに限らず、製品を購入してくれる人たちに対しても同じです。矛盾だらけの製品を使いたい、と思う人はよほどの変わり者か、自分なりにカスタマイズしたいマニアックな人ぐらいしかいないでしょう。

(3)は(2)と強く結びつきます。ですが人は感情に作用されるところが往々にあるため、論理だけで相手の話を聞いていてはいけません。その辺のバランスをうまくとりながら作業を潤滑に進められるよう調整することが必要になります。

(4)も(3)同様です。これは直接の対話というよりも、設計審査会での資料作成や技術の伝承のために必要となるスキルといえるでしょう。

(5)、(6)は設計者の作業として最もイメージしやすいものです。 これらの作業は設計において本質的ではないものの重要ではある、と前節で述べました。 重要性については、これらのスキルのありなしで“設計の質”に大きな違いをもたらすためです。 ただ単に3Dモデルが作れる、CAEが出来る、では正直設計には何も役立ちません。むしろ有害でさえあります。 例えば3Dモデルが作れたとしても、非常に汚い作り方をしていれば、設計に手直しが入った瞬間、すべて作り直しになってしまいます。 また、型物部品の場合はどこが素材でどこが加工か?を区別するにも無駄な労力を割く必要があります。 さらには、変な参照関係をつけてしまった場合、他の部品にも影響を与え、下手をすればAeemblyすべてを壊してしまう場合もあります。 これは3D-CADの本質を理解しないで使ってしまっているせいです。 本来3D-CADの使用は、TopDown的な考え方をベースにモデリングルールを策定し、それを徹底的に教育して成り立つものです。 3D-CADが普及して相当経つ今でも、そこが抜け落ちて使ってしまっているケースを見かけます。 このようなケースに該当する場合は、少し高くついても専門のコンサルタントを導入した上で早急に改善を図るべきでしょう。 3Dモデルは製造メーカーにとおて重要な知的財産である、との認識が必要です。
また、CAEについても同様です。ソフトウエアの進化によってCAEは非常に簡単に使えるようになりました。 しかしながらあまりにも簡単にできるため、CAEの設定条件や計算条件(Meshの作り方、境界条件の与え方、計算ロジックの選択方法など)を理解せず使ってしまう場合が散見されます。 よりによって、それでもソフトウエアはきちんと答えを出してくれますので、それを誤解して設計の根拠としてしまう場合があります。 これはソフトウエアが悪いわけではなく、明らかにユーザー側の問題です。 CAEを使う上では、その特性と理屈を必要最低限理解しておく必要があります(すべてを理解するのは専門家でない限り困難です)。

(7)、(8)は製品の機能・性能確認試験等を行った際に得られたデータからいかに的確なデータを抽出し分析できるか?が重要となります。 特に不具合なく試験が進んでいれば、通常行われているデータ分析方法(ソフトウエア含め)を用いれば十分です。 しかしながら、過去に経験したことのない不具合が生じれば、過去の分析方法がそのまま使えるとは限りません。 他の分析方法を試す等、新しい手法をトライする必要が出てきます。 そのときに、その分析方法に合わせた計算手法を提案し、それをプログラム化する必要が生じます。 また設計においても同様で、新しい機能を設ける等すればそれに応じた新しい計算プログラムが必要になります。 そのとき、いちいちプログラマーに依頼して作っていたのではスケジュール上非常に厳しくなります。 従って、本格的ではなくても自分で簡単に計算プログラムを作れるだけのスキルを身に付けておく必要があります。 Excel VBAでもかなりのことはできますし、Pythonは数値計算ライブラリが充実していますので、これらが活用できれば問題はないと思います。

(9)はスケジュールを滞りなく進めるために必要となるだけでなく、(10)自身の体調管理にもつながります。 設計はコミュニケーションが大事と述べましたが、実際にレイアウトを行うときは孤独な作業になりがちです。 そうすると、様々な検討を行ううちに煮詰まってきてあっという間に時間が過ぎてしまいます。 そうなると時間を掛けている割にはアイデアがうまれず、生産性が落ちてしまいます。 そういう場合はうまうくリフレッシュの時間を入れるなり、切り上げる(その日はあきらめる?)なりすることが必要になります。

1.5.設計と自然科学の関わり

1.1節で見たようにものづくりには目的があり、それを実現するための具体的な姿を示すのが設計者の役目です。 製品の目的は何らかの形で人や社会を幸せにすることであり、同時に自然へのダメージを極力少なくすることが求められます。 このような考えに沿ってものづくりを行うには、繰り返しになりますが、設計者は幅広い知識としっかりとした考え方(信念)を持たなければなりません。

1.2節では、様々なフェーズに設計者は係わります。 ただ、そのすべてを完璧にこなすことはほぼ不可能といってよいと思います。 従って、自分にとって得意な分野、興味のある分野に的を絞ってスキルを磨くことが、持続的かつ効率的であると考えます。
ただし、設計において絶対に忘れてはいけないことがあります。 それは、システム構築のプロセスやシステムから得られる結果は、必ず自然現象に基づいていることです。 従って、自然現象についての把握に努めることは必要最低限と考えます。

機械設計従事者ならば、少なくともニュートン力学や熱力学についてある程度の知識(高校程度?)は必要となります(もし永久機関を発明した、と思ったならば即座に熱力学の勉強をやり直した方がよいでしょう)。 また、使用材料の特性を理解するには化学の知識が必要となりますし、優れた機構を検討しようとすれば生物の動きが参考になる場合があります。 それとは別に数学も重要な役割を担います。 例えば、設計計算において簡単なベクトルや行列計算、微積分計算が必要となります(数学も高校程度?)。 現象の法則性を見出すことができない場合は統計学の力を借りて、相関関係から何かしらの法則性を見出すこともあります。 さらに情報整理の観点では集合論が役立ちますし、設計成立性を議論する場合は論理学が有効となります。
このように、自然科学についての基礎的な知識を持つことは、設計予測の精度向上だけでなく、設計の幅を広げることにも役立ちます。

ただし、自然科学は万能ではなく、すべての自然現象を解明できているわけではありません(むしろほとんど解明できていない、といっても過言ではないかもしれません。だからこそ科学者がいるのです)。 ですので、自然科学の基礎知識を習得したからと言って、すべてを理論的に説明できるとか、あらゆる予測が可能と考えてはいけません。 人間の能力は自然と比較すれば非常にちっぽけなものですから...。

なお、数学は自然科学と区別されるのが一般的なようですが、本サイトではあえて区別せずまとめて“数学+理科=自然科学”とします。

参考文献

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